初心者のための宝塚観劇講座

宝塚歌劇団が好きで好きで仕方ない雨宮(あまみや)が、 趣味でお送りしているブログです。 チケットの取り方から、楽しみ方、観劇マナー、 マニアックな楽しみ方まで、ご紹介します。

タグ:飛龍つかさ


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どうでもいい話ですが、私の中で飛龍つかさくんは菅田将暉タイプのイケメンなのです。なんか、似てない?



つかさくんは、舞台でのちょっとした立ち振る舞いとかに誠実さみたいなものが感じられて、すごく緻密に役を作っていく人なんだろうなぁと思って見ています。

で。

すごく今さらですが。花組東京新人公演『ポーの一族』の感想の続き。

私、おそらく、つかさくんのお芝居がすごく好きなんだと思う。

大劇場の新人公演も、つかさくんのアランはとっても好きだったけど、東京ではまたさらに進化してました。

なんというかこう、敬虔なクリスチャンだった。原作のアランのイメージに近い。

私はクリスチャンではないので、本当のところはわからないけれど。私の薄ーい知識で見る限りでは、つかさくんのアランは神様を心の拠り所にして生きている感じがした。本当はすごくいい子で(←これが本役さんと一番違いを感じたところかな。本役さんがいい子じゃないという意味ではないよ)。

だからこそ母親に認められたくて。どんなに辛くても、母親を裏切ることも見捨てることもできなくて。どちらも叶わないことが苦しくて。

そういう心の葛藤が反動となって、ああいう学校での態度になってしまったりするんだと思う。

いい子でありたい自分と、それが叶えられない自分、外から見られる自分と、本当に自分が求めているもののギャップ、いろんなものに苛まれて精神的にもギリギリで、今にも自分の意識を手放してしまいそうな、危うい10代の男の子だった。

アランが特に宗教と絡んでいる部分は、銀橋のソロ曲と、セントウィンザーの展望台でエドガーに襲われて聖書の言葉を言う(歌う)ところ。

血を吸ったエドガーに言っているのは、旧約聖書の詩篇19。文語体。

「もろもろの天は神の栄光をあらはし 穹蒼はその御手のを示しめす この日ことばをかの日につたへ、このよ知識をかの夜におくる 語らずいはず、その聲きこえざるに」「ねがはくは我をかくれたる愆(とが)より解放ちたまへ」

という部分です。

最後の「ねがはくは〜」の部分、新共同訳聖書によると「知らずに犯した過ち、隠れた罪から どうかわたしを清めてください」となっている。

アランはソロ曲でも「生まれる前に何か罪を犯したのだろうか」と言う。こういう考えって、日本ではあまり聞かないかもしれないけど(いや聞くかな? 私はあんまり聞かないのだけど)、海外のおじいちゃんおばあちゃんなんかは今だに言うらしい。何か不幸なことが起こると、前世で悪いことをしたからだ、って。

アランも今現在自分が置かれている辛い状況は、自分の預かり知れぬところで起こした罪によるものだと思っているのかもしれない。でもこの状況を人のせいにはしない。神に祈り、それでも自分には受け止め切れないほどの苦境。 

自殺という考えはない(しちゃいけない)かもしれないけれど、どうにかしてここから逃げたい。そんな時に現れたエドガー。アランは銀橋芝居でエドガーがもしかしたらバンパネラではないかと疑い、展望台でバンパネラであることを悟る。

もしエドガーが無理やりにでもバンパネラの仲間に入れてくれたら…この苦境から逃れられるかもしれない。 

でも、そんなことを考えること自体が罪なのだ。

そんな揺れ動くアランの心のうちが、手に取るようにわかった。

「なぜ僕を選んだんだ」

このセリフが驚くほどストンとはまって、涙がでた。

光ちゃんのアランは、超自然的に大きな運命に翻弄され、エドガーに出会うべくして出会ったように感じがするのだけど。

つかさくんのアランは、一つ一つの出来事に真正面から真面目に向かっていってしまうあまり自分で自分を追い込んでいってしまって、その先にいたエドガーを見て意識を手放したように見えた。

実際にアランがエドガーについていくクライマックスに関しては、ほのかちゃんのエドガーが秀逸だったので改めて書きます。

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花組大劇場新人公演『ポーの一族』見てきました。

ビジュアルで本役さんを超えるにはなかなかハードルが高いのだけど。

純粋に役柄を突き詰めていったという意味では、とても心に響くお芝居でした。

序章のフランクフルト空港、プロローグは本公演と同じ。そのあとバイク四世(帆純まひろ)、ドン・マーシャル(一之瀬航季)、マルグリット(華優希)、ルイス(泉まいら)がポーの一族の説明をします。本公演の一幕の7割くらいのところまでを一気に説明しちゃうのだけど。

キングポーがバンパネラの滅亡を恐れて若いエドガーに血を与えた、とか、エドガーは自ら望んでバンパネラになったのか、とか、もしかしたらメリーベルを人間のままにするために自分が犠牲になったのでは、とか。四人であれこれ考察しながら説明するので、案外するっと入ってきてよかったです。

そして、ポーツネル一家が、「それぞれの孤独を抱えて絆で結ばれた一家」みたいな感じで紹介され。

これまたわかりやすい。

「ポーの一族」って、この孤独がメインに描かれるべき作品だと思うの。

新人公演は、登場人物たちの各々の孤独がよく見えた気がします。

脱線した。

四人の解説のあと、ホテル・ブラックプールの場面へ。

本公演の一幕と二幕の間にあたる部分に、本公演ではプロローグの後に歌われてるエドガーの「哀しみのバンパネラ」が入ります。

これも、エドガーが哀しみを抱えたバンパネラだとちゃんとわかってから聞けるのでよかった。(本公演は、みんながエドガーに共感する前に歌うので、あんまり意味がないと思ってるの)

そのあとはホテルでの婚約式につながり、本公演の二幕をそのままやった感じかな。

あすかちゃん(聖乃あすかちゃん)が最近めっきり男らしくなったので、エドガーどうなっちゃうんだろうと、期待と不安が入り混じった感じだったのですが。

ほら、本公演のエドガーの影の時も、美しいけれどわりと大人な感じなのですよ。だから。

でも、違和感なくエドガーでした。例えて言うなら、映画の「ハリーポッター」シーズン1がみりおエドガーなら、あすかちゃんのエドガーはシーズン6くらい(要するに演じる役者自体がちょっと成長してる)。まあ、ハリーポッター詳しくないんであんまりわからないけど、イメージとしてはそんな感じ。

あすかちゃんのエドガーは、ポーツネル男爵とは相入れない、わりと独り立ちした、それだけに孤独も大きなバンパネラでした。それがすごくよかったなぁ。

誰にも頼らないというか。抱えてる闇が大きい感じというか。その分アランにも執着するというか。伝わってくるものは大きかった。

技術的な部分はまだまだがんばれーという感じ。滑舌と。お歌がなんか大雑把というか集中力が最後まで持たない感じというか(笑)。声もまだまだ安定してないかな。

アランを演じた飛龍つかさくんは、めちゃくちゃうまかった。

正直なところ、ビジュアルはもうどうでもいいです。もともと漫画のアランに似ているとは言えないし、つかさくんがどうやってもアランのビジュアルにはならない。

でも、その分お芝居でちゃんと違和感のないアランを見せてくれた。

もしこの作品が小説原作だったとしたら、きっとアランはこんな人なんだろうなと思える感じ。

実際問題、エドガーとアランは100歳くらい年の差があるわけで。

ブラックプールでその時リアルに生きてるアランの「いま感」と、その時点で100年くらいバンパネラやってるエドガーの「達観した感」、いい具合に違いが出てたように感じます。

これは、本公演では思ったことない感じ。

あ、みりおさんのエドガー単体では、人間時代から100年、200年後に落ち着きが増してゆくのがわかるけど。100年経った時点のリアル人間との差はあまり感じてなかったから。

そして、本公演ではただのサービスシーンだと思っていた、エドガーとアランが銀橋で「イバラ」とか「血」について話して抱き合うところも、ようやく意味がわかりました。

いや、本公演もうちょっと真剣に見ろよって話でしょうが。なんかビジュアルが先行しすぎて中身入ってこないのよ。逆に。

あとは…アランの歌の歌詞がようやくちゃんとわかったよ…。

ただ、新公バージョンはエドガーとシーラの出会いがカットされていて、その淡い恋心をフォローする場面がないので、銀橋で好きな人はいないの?みたいな話するときのつじつまが若干合わなくて残念ではあったけれど。まあ仕方ない。

とにかく、つかさくんのアランがとてもよかったです。

他にもステキなお芝居たくさんあったので、続きも後で書く。

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花組東京新人公演『邪馬台国の風』を
観劇してきました。

新人公演を見ると
「これってこんな話だったのか」と
目から鱗的な感じになることが多いのですが、
今回もそのパターン。

大劇場の新人公演も相当よかったのだけど、
今回はさらに泣いた。

もう一度言います。

私は『邪馬台国の風』で泣きました。
しかも3度も(笑)。


主演のつかさくん(飛龍つかささん)、
無理して背伸びしない、
等身大の素直な役作りをしてて、
とってもよかった。
素直に喜び、素直に驚き、
素直に抱きしめる。
感情と行動がぴったり一致してる。

その一方で、ヒミコに対しての気持ちにも
一本しっかりと筋が通っていて、
どこか心の底で惹かれ続けている。

だからこそ「あなたは女王として生きる」と言ったり、
最後に「戦のない世にまた会おう」と言って
自分の気持ちに蓋をして語る時、声が震える。

できることなら一緒にいたい、
でもそれが「なんか違う」「こうじゃない」。

自分の人生でもあるじゃないですか、
「なんかしっくりこない」ってこと。

タケヒコにとって、ヒミコと一緒にいることが
まさにこの「なんかしっくりこない」
「こうじゃない」って感じだったのではないかと。
すごく好き、すごく思ってる、大事にしたい、
そんな気持ちと、実際に一緒に居続けることは
必ずしもイコールではない。

惹かれあってはいるけれど、
一緒にいることがお互いの幸せにはつながらない。

なんかすごく難しいけれど、
つかさくんのタケヒコには、
そんなものを感じたのでした。

華優希ちゃんのヒミコは、
儚くてもろくて、壊れそうで。

いつもどこかタケヒコに
すがるような目をしていて。
目が「行かないで」「抱きしめて」って
訴えてるみたいだった。

ヒミコの孤独、
ある種の絶望、諦め、
その中にタケヒコという希望が見えた。

そんな彼の言葉に振り回され、
最後の最後まで
「一緒にいて」とは口にできなかった
ヒミコという少女の
苦しい心のうち。

遠い国から巫女になるためにやってきて、
道中、襲われたところを救ってくれたタケヒコ。
彼に思いを寄せるのは当然の流れ。
そして彼が、
生まれ変わっても一緒になると信じている男だとなれば、
それはなんとしても引き止めたいと思うよね。

その引き止める一言を
自分からは言えないヒミコのもろさ。
そして切なさ。

華ちゃんの目が
その全てを語ってた。
あとはお歌がんばれ!

いいバランスの主演コンビでした。
タケヒコがヒミコのところに
忍び込んだ時も泣いたし、
ラストシーンも泣いた。

まさか、『邪馬台国の風』でこんなに泣くとは
自分でも思ってませんでした(笑)。

他にも素晴らしいお芝居してる人
たくさんいたので、続きはまた。
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